ひげふじ ・ デジカメ俳句・万葉集詩

「デジカメ作品交歓会」#623

「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」
そそと咲く百合の花は芳香もよく、美女に譬えられています。
 
2008年8月、我が家の庭と、近在を散策したときに、デジカメた百合の花に、万葉集の百合の歌詞を載せました。
 
万葉時代には、のち=後を(ゆり)と発音したようで、同音の百合(ゆり)を枕詞に使って、「百合・後(ゆり)・今」が連想ゲーム的に歌詞の中でつながっているようです。
百合の花のように微笑んだからといって、もうあなたは妻と云うのかしら。
人知れず咲いている百合の花のように、コク(告白)ることない片思いの恋は苦しいもの。 彼女の家の垣根に咲く百合の花、「後で」と言うのは「嫌い」と聞こえる
「後(ゆり)に」と言うけれど、彼女の命が明日もあるとは、オレは知らない。
陽が当る白い花弁を出すため、露光を2段下げて撮影。背景は露光不足で暗闇。
油火の光で見る、輪に拵え「かずら」にした小百合の花の 美しいことよ。
あぶら火。菜種油などに紙芯など浸して燃やし「ともし火」とした。
「かずら」万葉時代、髪の毛に付けた、つる草などの飾りもの。
灯火の光に見ゆる小百合花 後も逢はむと思ひそめてき。 小百合花に後でも逢いたいと思うからこそ 今此処でも麗しく咲いていて欲しい。

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